P「え?なに?ツーリング?」
春香「これですよ!この雑誌見てください!」
春香「山の珍味を活かした郷土料理ですって!ここでしか食べられないんですよ!」
P「お、おう……そうか……」
春香「む~……なんでそんなに冷めた反応なんですか……」
P「お前のテンションが高すぎるだけだ。それで?行きたいの?」
春香「はい!すぐにでも!」
P「どれどれ……。ふーん……確かに旨そうだな、コースも良いし景観も楽しめそうだ」
春香「ですよね!?これはもう行くしかないですよ!」
P「うん。気をつけてな。絶対にコケるなよ」
春香「むむむ」
小鳥「あの……春香ちゃんって免許持ってるんですか?」
春香「やだなぁ、有るわけないじゃないですか。校則で禁止されてますよ」
P「え?無免許運転はダメだぞ」
春香「だから~」
春香「プロデューサーさん、連れてってください♪」
P「え?」
プロデューサーさんは普段は電車通勤だ。
そんなにあることではないが、たまに一緒の電車になることもある。
車は持っていないらしい。
駐車料金やら税金やらでとにかくお金がかかるものなのだそうだ。
ここのお給料はそんなに安いのだろうか?
ゴハンはちゃんと食べているのだろうか?なんて、おせっかいな私はプロデューサーさんを見る。
……うん、顔色が悪かったりやせすぎたりなんて事はなかった。
今は腕まくりをしてダンボールをロッカーの上に載せようとしている。
想像よりずっとたくましい腕が見えて、ちょっとだけ、ドキっとした。
プロデューサーさんと二人だけで車に乗って、どこか遠くへ行くとして。
その時腕まくりをしていたら、やっぱり私はまたドキドキしてしまうのだろうか。
だけどプロデューサーさんには車がない。
だからそれは想像の中だけのお話だったのだ。
ところが
P「バイクのタイヤってなんですぐになくなるんでしょうね?」
小鳥「さぁ……」
P「そんなに荒い運転をしたつもりはないんですけど、やっぱり二個しかないからかなぁ」
小鳥「自動車の半分ですものね。2倍減るのかもしれません」
私はそれを耳ざとく聞きつけると、口を挟んでしまった。
春香「プロデューサーさんってバイク乗ってるんですか!?」
びっくりさせてしまった。
プロデューサーさんも小鳥さんも目をまん丸にしてた。
春香「ゴ、ゴメンナサイ」
反省する。
P「びっくりしたぁ」
思っていたよりずっと大きな声を出してしまったようだ
春香「ゴメンナサイ……」
小さくなってもう一度謝る
P「あはは……、いいよいいよ。大きな声が出せるのは良いことだぞ。レッスン頑張ってるもんな」
春香「は、はい!ありがとうございます!」
普段は意地悪で、トンチンカンなことも言うけれど、プロデューサーさんはやっぱり優しい。
春香「あの……それで、バイク、乗ってるんですか?」
気になっていたことを聞く。
P「うん。学生時代から乗ってるよ。先月も山に行ってきたし」
興味が湧いた。
これはきっと賛成してもらえると思うんだけど
ロマンチックなデートには車が欠かせない、のだ。たぶん。
デートという単語だけで、なにやら気恥ずかしくなってくる私の意見だから間違ってるかもしれないけど
きっと二人っきりの空間が、特別な思い出を作ってくれるんだろうな。想像だけど。
ツーリング、という言葉がある。
バイクで景色を楽しみながら移動するのだ。
私はプロデューサーさんの背中にくっ付く姿を想像して、ニヤニヤしてしまった。
P「ん?春香どうした。思い出し笑いか?」
春香「いえいえいえいえいえ」
乙女にあるまじき表情でなかったことを祈ろう
私は帰りに本屋さんに立ち寄った。
普段立ち寄らないコーナーに行くと、【秋の味覚!】とか【温泉特集!】とかの見出しが、これでもか!とアピールしてくる。
適当に一冊の雑誌を取って流し読みした。
旅行に行けるほど時間があるわけじゃないけど、知らない土地の写真を見ているだけで行った気分になれる。
雑誌を戻すと、隅っこのほうに【ツーリング特集】の文字が目に付いた。
中身も見ずにレジへ行く。
お風呂から出た私は、ベッドに寝転がりながら雑誌を開いた。
折り目のついたページには、事務所からほどよい距離の山が紹介されていた。
ダメで元々。当たって砕けろ。
言葉は威勢がいいものの、勇気が出てこない。
春香「プロデューサーさん……誘ってくれないかな……」
天海春香は臆病なのです。
転機が訪れたのは、どうということのない普段の会話からだった。
春香「だから~カニカマはカニじゃないんですってば」
P「ウソつくなよ、もしそうなら詐欺じゃないのか?カニのかまぼこだって、あれは」
春香「ホントですってば!」
P「じゃあ賭けるか?」
春香「望むところです!」
P「ウソだったらレッスンの量を倍にするからな」
春香「ホントだったら私の言うこと聞いてもらいますからね」
P「おう、なんでも聞いてやるわ!」
こんな感じだ。
事務所でネット検索したプロデューサーさんはすごくショックを受けていた。
……そんなにカニっぽかったかな、あれ。
ここで冒頭に繋がるのだ。
私は勝利者の権利を振りかざしてプロデューサーさんに迫る。
春香「なんでもって、言いましたよね?」
P「む……ぐ……」
私はふざけてるフリをしながら、言葉に詰まるプロデューサーさんを見る。
そんなに行きたくないのかな……。
すごく不安になった。
春香「………………」
それ以上押すことも引くことも出来なくなってしまった
小鳥「……あの、プロデューサーさん?いいんじゃないでしょうか?」
P「え?でも……」
小鳥「プロデューサーさんはゴールド免許でしたよね?親御さんの了承を得ればそんなに心配することもないんじゃないでしょうか?」
春香「え?」
心配?何を?
P「でも……バイクはなんだかんだ言っても、危ないし……」
ホッとする。
プロデューサーさんは怪我の心配をしていただけのようだ。
安心すると、体ごと前に出ていた。
春香「だーいじょうぶ!ですよ!私よく転びますけど、怪我とかホントにしないですから!」
小鳥「ふふふ……、ほらね?なんでしたら社長にも聞いて来たらいかがです?」
P「はぁ……そこまでおっしゃるのでしたら……」
プロデューサーさんは乗り気じゃなさそうだけど、社長室に行った。
春香「小鳥さん小鳥さん」
小鳥「ふふ、行けるといいわね」
春香「はい!ありがとうございます!」
小鳥さんの大好きなお菓子を今度作ってこようと思った。
社長もお母さんも二つ返事でオッケーしてくれた。
二人ともプロデューサーさんを凄く信用しているのだ。
私はそれが自分のことのように嬉しかった。
早めにベッドに入ったのに、中々寝付けなかった私は、眠い目を擦りながら事務所に行った。
春香「ぅおふぁよおおうございま……」
欠伸しながらの挨拶は、小鳥さんに笑われながら受け止められた
小鳥「ふふふ。おはよう春香ちゃん。ちゃんと眠れた?」
春香「んと、それなりに」
5時間寝た。
普段を思えばこのくらいは許容範囲だ。
春香「プロデューサーさんは?」
キョロキョロしながら探すけど、まだ来てないようだ。
小鳥「なんでもショップで整備してもらっているそうなの。もうそろそろ来るんじゃないかしら?」
春香「壊れちゃったんですか?」
それは困る。
小鳥「多分違うんじゃないかしら」
春香「???」
壊れていないのならどうして?
小鳥「少しでも安全になるようにって事だと思うわ」
小鳥「大事にされてるのね、春香ちゃんは」
春香「………………」
照れてしまった。
本当にそうなら私は……。
P「おはよー、ごめん。待った?」
プロデューサーさんが来て思考が途切れる。
春香「あ、おはようございます。私も今来たところで」
頬が熱いのを自覚しながら私は思った。
なんだこの会話は。
丸っきりデート前じゃないか。
外に出るとプロデューサーさんのバイクがあった。
綺麗な青色のバイク。
磨きたてのようにピカピカだった。
P「うん、ちゃんと言われたとおりの服装だな」
春香「こんな服でよかったんですかね?」
ピンクの長袖シャツに白いジャケット、黒のジーパンにくるぶしの上まであるスニーカー。
プロデューサーさんも似たり寄ったりの格好だ。
P「それなら大丈夫だろう、スカートなんか履いて来たら置いてくとこだった」
笑いながらヘルメットを受け取った。
顔までカバーする大きなやつだ。
受け取るとずっしりと重かった。
もたつきながらも装着する。
……顎ヒモが見えない……。
困っていると
P「やるよ、手をどけて」
子供みたいにお世話をされてしまう。
顔が近くて息を止めてしまった。
バイクに乗るのは初めてだ。
街中を走るバイクは、スイスイと風を切ってとても気持ちよさそうだった。
どんな風景を見せてくれるのか、とても楽しみだ。
プロデューサーさんは先にまたがると、
P「じゃあそこのステップに足をかけて、慌てないように乗ってくれ」
と言った。
言われたとおりに危なっかしくまたがると、背が伸びたようで新鮮だった。
キュパッ ブルルルルン……
エンジンがかかった。
思ったよりもうるさい。
振動が大きくバイクに触れた手がむず痒い。
ガスの匂いがする。
すごくワクワクした。
プロデューサーさんの肩と腰におっかなびっくり手を回す。
P「もうちょい強くつかまったほうがいいぞ」
春香「あ、はい……」
恥ずかしい。
プロデューサーさんは何も意識してないから余計に。
ギュっとつかまる。
P「じゃあいくぞー」
春香「はーい!」
小鳥「いってらっしゃーい!」
ゆっくりとバイクが動き出す。
二人のツーリングが始まった。
ちょっと、車種を詳しく書いてくれないと分からない
20分も走るともう郊外だ。
田畑がチラホラ見え始める。
天気は上々だった。
乾いた秋の空にプカプカ雲が浮いていて気持ちいい。
車の少ない道路を快適なスピードで進む。
風の匂いに緑が混じり始めてきた。
流れる景色を見ていると、ちょっとスピードが速いんじゃないのかな?と思った。
メーターを見ると法定速度にはまだまだ余裕がある。
不思議だ。
後で聞いてみよう。
山が見えるコンビニでお茶を買う。少し休憩だ。
P「トイレも済ましておけよ」
春香「は……はい……」
必要なことなんだろうけど、デリカシーが足りない。
言われなければ気がつかないままだったろうから、文句を言う筋合いではないのだろうけども。
P「疲れてない?スピードは大丈夫?酔ってないか?」
プロデューサーさんは次々に質問を飛ばしてきた。
お父さんになったら絶対に過保護になるだろう。
春香「疲れてないですよ。大丈夫です」
春香「それに凄く速く感じましたけど、メーターを見たらそれほどでもなかったんでびっくりしました」
P「ん、そうか?風をモロに感じるからかなぁ……。長いこと乗ってるからそういう感覚なくなっちゃったよ」
バイクに乗っていると会話はほとんどできない。
完全に出来ないわけではないが、風とエンジンとヘルメットが邪魔をするのだ。
その分、休憩中にたくさん話をしようと思った。
春香「プロデューサーさんの実家はどの辺なんですか?」
P「もっと田舎だよ。上京してきたんだ。学校がこっちだったからな」
春香「へー……。そのときから一人暮らしを?」
P「いやいや。当時の俺はもっとずぼらだったから、学生寮に入ったよ。親はそれでも心配してたけどな」
春香「ふふふ……。ちょっと会ってみたいです。プロデューサーさんのご両親に」
P「やめてくれよ、恥ずかしい……」
困っているプロデューサーさんはちょっと可愛いかった。
私は思いつくままに話を変える。
春香「もう見えますね。あの山ですよね?」
P「そうだよ。多分ちょうどお昼くらいには着くはずだ」
春香「山菜と川魚なんてヘルシーで楽しみです」
P「あー……、想像したらビール欲しくなってきた」
春香「ダ、ダメですよ!?飲酒運転なんて!」
P「わかってるよ、言ってみただけだ」
ちょっとだけ残念そうだ。
P「食べたらどうする?そのまま帰るか?」
春香「いえ、せっかくですからもう少しだけ乗ってみたいです、……ダメ、ですか?」
P「いや、いいよ。俺もツーリング好きだし」
春香「ありがとうございます」
P「いえいえどういたしまして」
山に入ると空気が変わった
初秋にしては軽く汗ばむほどの気温だったのが、一気にひんやりとした。
軽い勾配を上っていくと、大きなカーブが見える。
片側は切り立った山の斜面で、ガードレールの下は崖になってストンと抜け落ちていた。
私ははじめて怖いと思った。
カーブに真っ直ぐ入っていくバイク。
曲がりきれなかったら崖に、曲がりすぎれば山に。
体が硬くなったのがわかる。
ギュッと力を入れてしまった。
軽くブレーキがかかってから、バイクが傾き始める。
スーっと行ってピタッと止まる。
傾きはほんの一瞬で、重力と遠心力でバランスが取れる。
バイクが加速した。
驚くほど安定した車体はカーブに沿って綺麗に曲がって行く。
ジェットコースターとも違う、その動きは初めての体験だった。
長くリーンした車体は直線に向かうと、またスムーズに立て直される。
遠くを見ると、同じようなカーブが連続していた。
私は現金なことに次のカーブが待ち遠しくなっていた。
楽しかったのだ。
くねる道は緩やかなカーブで連なり、蛇のようだ。
私はプロデューサーさんと一緒になって重心を動かし、バイクを操っている気分になった。
体全体を使って操作する感覚は新鮮で、すぐに夢中になった。
さらに進むと木がアーチになっていた。
自然のトンネルは陽光を透かしてキラキラ光っている。
どこかで鳴く鳥の声が合わさって幻想的だった。
プロデューサーさんも同じ気持ちなのか、スピードを落としてくれる。
背中に当てたヘルメット越しに、プロデューサーさんの心臓の音が聞こえた気がした。
山のてっぺんに程近い場所を、大胆に均してそのお店はあった。
大きな駐車場の隅にある小さな駐輪場へ行くと、私は下りる前にヘルメットを外した。
春香「ふわぁ!気持ちいい!」
じかに浴びる山の風と空気が素晴らしくて大きな声を出してしまった。
P「早く降りてくれー」
春香「あ、はい。すいません」
私が降りないとプロデューサーさんは降りられないのだ。
ヘルメットを抱えたまま、「よっこいしょっ」なんてオバサンくさい掛け声をあげて降りる。
アイドルとしてどうなんだろう?
とか余計なことを考えていたのがいけなかった。
春香「うわ!あわわああわああああ!」
転んでしまった。
本日初転倒だった。
P「おい春香!大丈夫か!?」
心配して駆け寄るプロデューサーさんに手を振って答えた。
春香「だ、大丈夫ですよ~」
P「やれやれ……本当に春香はよく転ぶよな」
春香「気をつけてはいるんですけど……」
早く直したいのだけどもなぜか転んでしまうのだ。
春香「で、でもバイクに乗ってるときは転びませんから大丈夫ですよ!」
P「そうしてください……」
プロデューサーさんは苦笑いしながら手を引っ張ってくれた。
ずっとグローブをしていたプロデューサーさんの手は温かかった。
お店はこんな山の中にあるにもかかわらず、広くて綺麗だった。
可愛い和服の店員さんから熱いお茶とメニューを受け取ると、二人で覗き込む。
あーでもないこーでもない、と割と真剣に議論して最終的に同じものを頼むことになった。
ボタンを押すとピンポーン、とお店に響いた。
全国的に同じものを使っているのだろうか?
自宅近くのファミレスと同じだった。
注文を済ませるとプロデューサーさんが席を立った。
反射的に聞いてしまう。
春香「プロデューサーさん、どうかしました?」
プロデューサーさんはちょっと視線を逸らして
P「ん……トイレ」
と言った。
デリカシーがないのは私も同じだったようだ。
反省しながらこっそり手鏡をのぞく。
リボンは、ずれていないようだ。
私生活でほとんどお化粧をしない私は、リボンのチョイスにすごく神経を使っている。
なのでヘルメットを被るときもずれたりしないようにに苦労したのだ。
満足して手鏡をしまうと、手を拭きながらプロデューサーさんが帰ってきた。
二人で大きな窓の向こうに見える山々を眺めた。
一番遠くの山に雲がかぶさっている。
春香「帽子みたいですね」
P「コーヒーゼリーじゃないのかな」
私はこんなユルイ会話がお気に入りである。
お料理はすごく美味しかった。
私のつたない語彙では伝えきれないほどに。
山菜の乗ったオロシ蕎麦と、川魚のてんぷらだ。
メニューを見るとお蕎麦もこのあたりで取れたものらしい。
二人で「美味しい!美味しい!」とバカみたいに繰り返しながら食べた。
写真を取っておけばよかったことに気がついたのは食べ終えた後だった。
さて腹ごしらえもすんだわけなのだが、まだ帰るつもりはなかった。
プロデューサーさんは体をボキボキ鳴らしながら腕を伸ばしている。
春香「体、固そうですね」
思ったまま言うと
P「む、まだ若いんだぞ」
と返された。
春香「知ってますよ、ふふふふ……」
P「いやいやいや、ホントだから!」
そんなに年が離れているわけでもないのに、プロデューサーさんは凄く気にしていた。
私もプロデューサーさんと同い年になったらそうなるのかな?
その時プロデューサーさんと私はどうなっているのだろうか、なんて小鳥さんみたいにポワポワしていた。
行きと違って特に目的地のないまま出発。
几帳面なプロデューサーさんにしては珍しく、コースを考えていなかったようだ。
青い道路案内の看板を見ながら適当に走り続ける。
ここまで山奥に来ると、車どころか信号すらほとんどなかった。
1時間ほど走り続けると、自動販売機とトイレだけがついた簡素な駐車場があった。
プロデューサーさんは全然車がいないのに、キョロキョロと安全確認しながら道路を横切って駐車した。
トイレを済ませ、リボンをチェックして、自動販売機で紅茶を買った。
少し冷えてきたので温かいやつだ。
ベンチに腰掛けるときは、「どっこいしょ」なんて声が出ないように意識した。
P「あー……どっこらっしょ、っと……」
思わずプロデューサーさんをジロっと見てしまった。
P「え?え?なに?どうかした?」
春香「いえ……別に……」
そのまま二人で飲み物を飲みながらボーっとした。
春香「そういえば何でバイクなんですか?」
P「え?……やっぱり変、かな?」
春香「そういうわけじゃないんですけど……」
バイクはとても大切にされているようで、よく見ると細かい傷を丁寧に直して乗っているようだ。
お金だけじゃないのかな、バイクを選んだのは。
P「んとさ……乗ってみてどうだった?バイク」
私は正直に伝える
春香「ワクワクしてちょっと怖くて……とても楽しいです。風を感じて体全部で乗る感じが特に」
プロデューサーさんはとても嬉しそうに頷いた。
聞いてもらってもいいかな、と前フリをしてプロデューサーさんは話し始めた。
P「昔さ、まだバイクに興味のなかったころ。テレビでやってたんだ」
春香「………………」
大事な話だと思う。
だから黙って聞いた
P「アメリカなのかオーストラリアなのかそれとも違う国なのか。……もう忘れちゃったけど」
P「凄く広い、それこそ地平線まで見えるような道をただひたすらバイクで走ってたんだ」
P「なんの制約もなく、たった一人でずっと走って、夜はキャンプをして焚き火をしながらコーヒーを飲むんだ」
プロデューサーさんは缶コーヒーを片手に熱っぽく語っている。
P「子供っぽいかもしれないけどさ。それが凄く印象的で、俺もいつか行きたい!ってね」
プロデューサーさんは照れたように笑う。
P「だから、いつか行こうと思って、コイツだけは手放さなかったんだ。……実はそのために貯金もしている」
私はプロデューサーさんが一人で星空を見ながら火の番をする姿を想像した。
春香「……あんまり似合ってないと思いますよ」
P「ぐ…………」
春香「そういう時は二人のほうがロマンチックだと思いますけどね」
遠まわしに伝えてみたけど、プロデューサーさんは「そうかなぁ……」なんてブツブツ言いながら、
コーヒーを手の内でクルクル回していた。
春香「私も思い出した事があるんで聞いてもらっていいですか?」
お父さんとお母さんの話だ。
P「うん」
春香「私の家には車があるんですけど、すごく古いんです」
春香「お父さんが学生のころ一生懸命アルバイトをして買ったそうで」
春香「お母さんをデートに誘うためにピカピカにして来たそうです」
春香「お父さんはそろそろ新しいのが欲しいみたいなんですけど……」
春香「お母さんはその車が大好きなのでいつも言い負かされています」
お母さんが嬉しそうに話してくれたおはなしだ。
私はこの話が大好きで、もう覚えているのに何度も聞いてしまう。
春香「だから私もデートに行くときは車がいいなって……」
春香「昨日までは思っていました」
心臓が爆発しそうだった。
春香「でも、今日バイクに乗ってみて、こっちもいいなって」
そう思っちゃったんです。
けどそれはきっと
春香「プロデューサーさんだから……だと、思います……」
最後までちゃんと言えただろうか。
もう顔を上げていられなかった。
プロデューサーさんは何も言わない。
私も何も言えなかった。
とっくに冷めてしまった紅茶の缶を、ギュッと握っていると
P「さっきの話なんだけどさ……」
春香「……………………はい」
P「俺もやっぱり、二人のほうがロマンチックだと思うよ」
どういう意味なんだろう。
真っ白になった頭ではよくわからない。
P「今はお互い仕事が忙しくて、いつとは約束できないし……」
P「雨が降れば濡れるし、転べば大怪我するし、荷物は詰めないし」
P「車に比べたらずっとずっと不便な乗り物だけどさ」
握った缶が、キュっと音を立てた。
P「いつかさ、地平線が見えるようなツーリングに……その……」
P「一緒に来てくれないかな?……ダメかな?」
春香「は……い…………」
胸が詰まって涙が出て、うまく言葉に出来なかった。
いつまでも泣き止まない私の頭をプロデューサーさんはそっと撫でてくれた。
私と同じで冷え切ってるその手は、凄く優しかった。
さて、これで終われば良かったモノの、このお話は少しだけおまけがあった。
春香「それで凄く楽しかったから私も免許が欲しいんですよ!」
P「バッ……おまっ……ふざけんな!」
春香「何がですか!私もハングオンとかいうの決めてみたいんですよ!」
P「なにもないところで転ぶようなやつをバイクに乗せられるか!」
春香「この間だってコケなかったじゃないですか!」
P「あれは俺が運転してたからだろ!調子にのんな!」
こうしてギャーギャーと騒いだいつも通りの口論は
P「……じゃあ乗りたくなったら、また俺が運転してやるから……」
春香「はーいっ♪」
いつもどおりプロデューサーさんが折れて終わったのでした。
おしまい
ありがとうございました
春香さんは最高に可愛いですね
バイク乗ってみたくなった乙
お疲れ様でした。楽しかったよー。
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